Bumbum-Project
NewsLetter
2001.03.10,No.16
ロンゲラップ島帰島に向けて
ブンブンプロジェクトがなすべきこと
〜リィ号のメンテを航海可能期限まで継続
リィマンマン号は、今号のメンテ報告にある通り、かなり老朽化が進んでおり、その後、リィ号が運航されていないという情報もありましたが、現地で修理がなされて動いているようです。通常なら3月にメンテナンス班を派遣するところですが、修理となると大がかりで専門的になりそうなこと、必要な部品を確認してからでないと無駄足になる可能性があることなどから4月に調査をしてから対処することになりました(編集後記参照)。
また、ロンゲラップ島のクリーンアップ工事が進んでおり、同時にマーシャル諸島政府やロンゲラップ村役場とアメリカ政府との間で交渉が進められています。私達は島民の帰島を支援することを運動の基本にしていますが、現地の態度がはっきりしていない状況では簡単に今後の方針を決めることはできません。現地の情報を把握し、会員の意見を集約して今後の方針を決めることになりますが、これまで、アメリカ政府からの補償措置によって現地が経済的に豊かになっていることや帰島後にはリィ号のような船は必要でないと思われることなどからリィ号に代わる第2船は必要はない、などの意見が出ています。
そうなると、2003年以降と予想される帰島までできるだけ長くリィ号を維持しなければなりません。修理はできるだけ現地に任せ、現地でできない部品の交換やメンテを我々が引き受けるということになるでしょう。老朽化が進んでいるので部品の購入や交換作業にもこれまで以上に多額な費用がかかりそうです。今後の活動について、会員のみなさんの率直なご意見をお寄せ下さい。
◎第6回メンテ日誌
就航3年5ヶ月、
まだまだ頼られるリィマンマン号
中島 博
10月29日(日)午後8時30分、成田空港を出発し、30日深夜グアム着。
30日(月)午前8時10分、グアム発。午後5時半、クワジェリンに到着。やかましいことは何もなく、すぐに荷物受け取り場所に案内される。親切な米人のセキュリィティポリスの車に乗り、クワジェリンの港まで運ばれた。フェンス越しにリィ号の船体が見えた。『おー来とる』、堀田さんと思わずニタッとする。3人がゲートまで来て荷物を船まで運んでくれた。船には相変わらず目的の分からない連中が山ほど乗っている。知った顔を見つけ黙って握手した。
イバイに到着した時は薄暗くなっていた。ロンゲラップ島の若い衆が荷物をホテルまで運んでくれた。お礼にタバコを一つずつ渡す。ホテルの女主人に島田さんの手紙と土産の羊かんを渡す。天然パーマの女主人は大きな顔でにこっと笑った。これで部屋代ディスカウントの手続き完了。部屋のクーラーは良く効き、寒いぐらい、しかし、実にうるさい。堀田さんが『部屋を替えてもロクなことないよ』。神奈川事務局にFAXを打って部屋に戻るとネルソン・アンジャインさんがいて、堀田さんと話がはずんでいた。身体の調子が良くないと言う。ビールは勧めても手に取らない。さっぱりした清潔な服装をしていた。リィ号をクワジェリンに行かせたのは自分だと言った。気をつかっている様子が感じられた。その後、ネルソンさんは二度とホテルに顔を出さなかった。
10月31日(火)<作業一日目> 朝起きると天気が悪い。昨晩どれくらい雨が降ったのか道路の中央まで水が溢れている。水道工事中で、車道も歩道もあちこち掘り返され歩きづらい。完成すれば水問題が解決するのだろうか。ホテルのシャワーから海水が出なくなるのはいつの日だろうか。
リィ号はペンキが塗り直され、船名もマークも消えていた。エンジンも緑色になっていた。『まあ連中のものだからな、いいんじゃない』。ささいなことは気にしないことに。
天候が回復しないので、今日は工具を使用する作業は中止。雨と風でシートを全部塞がないといけない。懐中電灯の明かりだけでは仕事がしずらいのだ。明日からの段取りをする。リィ号の乗組員も、例のカタマラン=レリック・ロー・ユン・ロー号(ジョン・アンジャインさんによる日本語訳で『南の島の娘さん』号)の乗組員も船に泊まらない。イバイに滞在中はホテル住まいだ。石油コンロでの飯炊きも今はしていない。おかげで船のゴキブリが減ってキャビンに居ても出てこない。夕方になれば船に鍵をかけ、さっさとホテルに戻ってしまう。
『連中宝くじにでも当たったんじゃないの』と堀田さん。水爆は島と人の身体を破壊し、ドルは人間の意欲と克己心まで奪ってしまった。だがしかし、現実は金なしではどうにもならない。マーシャルの離島においてさえそうであるなら私には答えは分からない。
夕刻、港近くのレストランで両船の乗組員を招いてパーティをした。ネルソンさん、ロンゲラップ島イバイ事務所の新代表ランデイ・トーマスさんも出席した。自己紹介で私の口から英語は出ず、連中の話も解からなかった。それなりに充実した時間を過ごす。ネルソンさんは日本語の会話に答えなくなり、合掌して首を振った。
パーティが終わる頃、『食事代を払います』とネルソンさんが言った。堀田さんと私はポカーンとした。丁寧に断わり支払いをした。ロンゲラップの人は皆金持ちになったようだ。この状態が50年続くようなら、私はしょうがなく納得する。その間に事態が好転するだろうとの期待を込めて。金銭による補償が良いのかどうか分からない。『使ってしまえばそれで終わりなんだが』。
▼補償金が変えた島本来の暮らし
11月1日(水)<作業2日目> 朝食のためレストランに行こうと歩いていたら、ジョンさんに出う。ホテルに戻り土産を渡し、一緒にレストランに向かう。ジョンさんは相変わらず寡黙で、堀田さんの質問にも日本語でぼそぼそと答え、体調はまあまあ変わらないと言った。
リィ号に行き、作業開始。堀田さんの手元(助手)を乗員のダンとする。今日10時にメジャトに向け出港の予定のカタマランが出発せず、その間に元メジャト小校長のエモスさんが『今マジュロから戻ったよ』と現れ、ネルソンさんが1歳位の男の子を『お孫さんです』と連れて来た。昨夕より元気だった。
カタマランには次々と荷物が積み込まれ、双胴の中央の船底が完全に水没してしまった。さらに、太った女性が何人も乗り込んだ。『ウーム、すごい。おばさんがあんなに乗ったら、船が真ん中から折れてしまうよ』と堀田さんが唸る。午後2時、カタマランは深く沈んだ船尾から白波を立てながらメジャトに向かった。誰もがカタマランの航海は厳しいと言った。揺れがひどく、リィ号の方がうんと楽だとのことだった。リィ号は就航3年、まだまだ必要だとのことで喜ばしいことだった。ちなみに、リィ号は月4回、カタマランは月3回、メジャトーイバイ間を往復している。
11月2日(木)<作業3日目> 天候は良い方だ。船に行き作業を続行。乗員のみんなは早くから来ていて、レーダーアンテナの支柱を取り替えていた。少しでも高く付ければ性能を引き出せる。連中は夕方までワイワイと頑張っていた。『ミズ、ウオーター、水、みず』。堀田さんがエンジンルームのハッチから顔を出しダンを呼ぶ。ダンは水汲みに魚市場に走る。ダンはリィ号の乗員として働くのが好きだ。ちょっとビール好きのきらいはあるが。
その魚市場だが、今日マーシャル人の悪い一端を見た気がした。魚市場は日本政府のODAの供与物であるが、あちこち壊れかかつている。ほっとけば駄目になってしまうのは明らかなのにほっぽり放しだ。彼らがそれを問題ないと考えるなら、それが南の島の人の気質というものなのだろう。
何故なら他のことはともあれ機械とか施設は年中点検と手入れが欠かせない。自然に還っていいのなら私でさえそうしたいと思う。しかし、今はマーシャル人でさえヤシ林に帰っても生活出来ない。もう帰れないのである。世界の歴史が、文明という便利さが地球上から『楽園』を奪ってしまったのは間違いない。
夕刻、私たちの部屋を誰かがノックした。フォトジャーナリストでブンブンのメンバーである豊崎博光さんが立っていた。一緒に夕飯に行き、部屋に帰ってから遅くまで話し合う。豊崎さんの20年以上にわたるロンゲラップとの関わりを聞いた。カメラマンの人はスゴイ。
▼本当の南の島を訪ねたい
11月3日(金)<作業4日目> 『早いね、今日で終わりだよ』とベッドから堀田さんが寝ぼけている私に話しかけてきた。
『堀田さん、今度のメンテの帰りはどこか本当の南の島″に寄ってゆっくりしませんか』。『いいね』堀田さんは同意した。
本当の南の島とは、イバイのような島でないことは確かである。南の島であるはずのイバイは南の島の要素を完全に失ってしまっているのは悲しい。
リィ号に行く。乗員の他に、用のない連中で船上は満員。ジョナサンと私は島田さんに依頼された船尾舵部の水中写真を撮るために潜る。海は少し冷たかった。潮の流れのせいか、水は澱み、汚れていた。ジョナサンはカメラを手にすると水中深く潜った。水面は光で明かるかったが、水中は暗かった。二人で代わる代わる写真を撮った。
船尾のハッチを開けてまた大きなトラブルを発見した(堀田さんのメンテ報告参照)。『この状態ではどうにも出来ないよ』。堀田さんが船尾舵室の底に出来た亀裂を指した。修理跡を指で押すと海水が湧水のように出てきた。ちょつと量が多い。ダンは水が溜まったら、汲み出しながら走ると言ったが、荷物や人が大勢いたらハッチの蓋を開けるのは困難だ。『上架して修理するしかないな』。彼らはFRPで補修していたが、FRPはめくれて防水の役目を果たしていない。今回は日数も材料もなく、どうにもならない。乗員のまめな汲み出しに頼るしかない。まあ暫くは何とかなるだろうと結論するしかなかった。
11月4日(土)午前10時、ホテルのロビーで豊崎さんと別れる。堀田さん、ネルソンさんに渡そうと思っていた古着類を豊崎さんに託す。港にはリィ号とカタマランが並んで停泊していた。内側にあるリィ号を出すのは面倒なのでカタマランでクワジェリン港まで送って貰った。クワジェリンに着くと、誰もがそれぞれの持ち場から私たちを見ている。『今度いつ来る』『分からないがたぶん3月だと思う』『たぶんはノーだ。3月に来ると言えよ』そんな挨拶をし、握手を交した。到着の時とは違う感じがした。また来るよ!グッドバイ、ベイビー。
(電気工事業=石川県七尾市)
◎メンテナンス報告
「リィ号」点検・整備作業報告
堀田 俊一
クワジェリン港にはリィ号と共に沢山の人が出迎えてくれました。船速とエンジンの音を聴き、「良い感触」でイバイ島に着きましたが、点検して見て船体、エンジン共に劣化が相当に進んでいることに大変な危惧を感じました。
●熱交換器・・冷却清水に油混入
これは冷却清水の中に潤滑油が混入したもので、清水とオイルの接点の不良個所のため、多分LOクーラー「潤滑油冷却器」と思われますが、本来ならこのままで運転できません。すぐに不良個所を確認し、修理が必要です。とりあえず清水を排出して、中の洗浄をしました(本来なら洗浄液が必要だが水洗いに留める)。何回も繰り返し油分が無くなるのを見て洗浄運転をしましたが、まだ油分が多少残留している状態です。
*ここで運転を中止して不良個所を確認して修理すべきです。早急な対策が必要です。
●海水冷却ポンプ
インペラーの接触部(ケーシング)とベアリングの摩耗。
本体のベアリング受け部の摩耗。
*海水冷却ポンプ全体の交換(本体内部全体の摩耗により)
●ターボチャージャー
メタルが摩耗しているため回転が落ちオイルを燃焼させている。排気ガスが白い。
*整備又は交換が必要。
●オルタネター(充電発電機)
ベルトの張りが悪いまま使用していた模様。オルタネータ自体が使用限度に来ている。充電不十分のためバッテリーを交換していた。*ベルトの張りを調整。
*整備又は交換が必要。
●清水冷却ポンプ
*インペラーの使用限界で交換時期に来ている。
●ラダーシャフト
*新品パッキング交換(入れ替え)。
●ジンク(防蝕亜鉛)
*全部交換。
●船体の亀裂。
ラダー(舵)用油圧ピストン(操縦装置)台座の取り付け辺りに亀裂があり、補修してあるが、付着不完全のため「ジワジワ」と浸水している現状。運航中の何らかの衝撃のためか、FRPの劣化の為か分からないが、海水の侵入は致命的でこれ以上の浸水は危険です。
*勿論今も非常に危険です。早めの対策が必要。
*(注)2001年1月、ロンゲラップ村が亀裂個所を修理した。若干浸水するも航海可能な状態に。
●燃料フイルターとオイルフイルターの交換。
●熱交換器の防蝕剤(MCR)交換。
●DCーDCコンバーター(無線機用変圧器)の設置=2台目。
●バッテリー交換と蒸留水補充。
●船尾の水中撮影(キールと舵柱)
(練習船青雲丸元機関長)
編 集 後 記
●堀田さんの『整備報告』にある通りエンジン各部の劣化は相当進んでいます。また作業最終日に発見″した船尾舵部の亀裂は、今年1月に島民による2回目の修理でなんとか直っているようです。しかし、その後の状態や陸上に揚げたのか、それとも海上で修理したのかなど、詳細は相変わらず分かりません。このため、例年3月に行なってきたメンテは少し先に伸ばし、この4月に島田がメンテの先遣者として現地で様子を見てくることになりました。その結果で次回メンテの内容を考えることにしました。
FRP製の船体の修理にはグラスファイバーと溶剤が必要ですが、日本製の溶剤はトップクラスの危険物扱いになり、航空機でも船舶でも運搬出来ません。
そんな訳でこれまでブンブンプロジェクトに協力していただいた優秀な技術者や職人さんの腕が活かせません。何とか現地で調達出来る材料と島民たちの経験と腕で難題を乗り切れればと考えています。当初の目標のリィ号『航行5年間』に向けて引き続きご支援をお願いします。
<発行>
◆ブンブンプロジェクト神奈川事務局
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●郵便振替00250-4-66337 ブンブンプロジェクト