
(目次:
第3回メンテ日誌/作業報告<機関>/作業報告<電装>/メンテツアーに参加して/ロンゲラップで再建工事/編集後記/ブンブンプロジェクト)エンジン復調し、
リィマンマン号活躍続行
〜工具不足、水なしのイバイでメンテチーム奮闘
3月日から4日間クワジェリン環礁イバイ島でリィ号の整備を行なった一行5名は日全員無事帰国しました。主要な工具が荷物検査で接収され、現地に届かず、船に常備した工具類は散逸し、また、イバイ島の水道施設が故障中など、今回も予想しなかった出来事の連続でした。しかし、メンテチームの創意・工夫と現地クルーの協力でエンジンの主要部分の整備を終え、リィ号は現在順調に航海を続けています。参加者から「行動記録」を清水谷子さん、「整備・作業報告」を堀田俊一さん、中島博さんに書いて貰いました。また、中学生として初参加した上西彬君の新鮮な感想もぜひお読み下さい。
「エンジンよ!まだまだ頑張ってね」
〜第3回リィ号メンテ(整備)日誌
清水谷子
3月日午後6時、堀田俊一さん、中島博さん、上西忠さん、上西彬君と清水谷子の5名は成田空港に集合。スポーツウェア、運動靴などを持ちキリバス友の会の田中雄吉さん、会から島田興生が見送りに来た。
手荷物検査場で手荷物として持ち込んだ工具鞄からスパナとドライバーセットが接収され、別送扱いとなる。
日午前1時半グアム着。出発まで搭乗待合室のイスや床で仮眠。8時分クワジェリンへ定刻出発。 午後6時、約分遅れでクワジェリン空港着。ネルソン・アンジャインさんとリィ号のクルー3名、イバイのロンゲラップ事務所のジョージさんらが空港の搭乗待合室まで出迎えた。
出入国管理室で、米軍は全員のパスポートのコピーを取り、その後、マーシャル政府のイミグレーションではパスポートを預けさせられる。荷物受取所では、気にしていた別送扱いの工具が届かず、機内を探して貰うが見つからなかった。クワジェリン軍港までは2台のピックアップで人と荷物を直接船まで運ばれた。
埠頭に横着けされたリィ号の姿を見つけ、「元気に動いているんだ」と嬉しくなり、1枚目のシャッターを切る。堀田さんと中島さんは早速エンジンルームを覗き込み、「調子は悪くなさそうだ」と堀田さん。「あれー、バッテリーはどうしたのかな」と中島さん。2個のバッテリーのうち1個が小型のに取り替えられていた。彬君は富津港でピカピカのリィ号を見送って以来1年8ヶ月ぶりの再会だが「思ったよりきれいだね」と言った。「悪くない」というエンジン音を聞きながらイバイ島に向かう。
(以下、敬称略)
午後7時、港近くのボブレストランでジョン・アンジャイン、ネルソンとエベル船長、ジョナサン、エルビン、カールテンらクルーと翌日の作業の打ち合わせをし、食事する。
午後9時、ホテルに戻ると蛇口から出るのは海水だけ。シャワーも海水だ。トイレも塩水だが使用出来るだけ有り難いと思う。
工具不足のまま、メンテを開始
日(作業1日目)、午前9時、ターボチャージャーの分解を始める。船内に常備してあった工具はほとんど無く、持参した工具も届かなかったので、エベルと清水は工具を探して島中を歩き回る。やっと借りられたのは、アメリカ式のインチサイズのスパナ。時半、なけなしの工具で作業開始。テレコムセンターに行き、日本に連絡するがFAX回線が不通。マジュロ経由で電話はつながったが声が途切れて聞き取り難い(神奈川事務局は、早速コンチネンタル航空に問い合わせ、工具類はグアムに置き去りにされていた事が判明。次便は金曜なので作業に間に合わず、成田に逆送させた)。
時半、「小型の電池は2月末に換えた」とエベル。中島は「2台が同じパワーでないと他に影響が出る。ダイナモ(発電機)は大丈夫かな」と心配する。
午後1時半、取り外してあった〃駄目〃な電池と〃良い〃電池の2個を持って、政府の工場に充電に行く。その間、ホテルの各室に飲料水を届ける。3・8リッターのボトルが3ドル(360円)もした。3時半、電池を受け取る。片方の電池はやはりパワー不足。チェックした中島は「充電の仕方が悪いのかも。バッテリー液は純正品でないと寿命が縮む」と言う。
4時半、作業終了。作業途中の部分に仮蓋をし、道具を片づける。 8時、ネルソンが取り上げられたままのパスポートを税関から受け取り、ホテルに届けてくれた。ひと安心する。
<この日の作業内容>
美しい海に浮かぶゴミの群れ
日(作業2日目)、堀田と中島がエンジンルーム内で作業し、上西父子とクルーは、取り外した部品の清掃、塗装と手元の仕事をする。彬君はその間進行状況や周囲のビデオ撮影係。
そのうち、彬君は船のまわりに浮いたプラスチック、発泡スチロールなどのゴミを拾い上げ始めた。澄んだ水に浮かぶゴミが気になって仕方ない様子。船影に集まる魚もまた気になって魚釣りを始めた。この日はハタを2匹釣り、ネルソンが自宅で調理して夕食に届けてくれた。
<この日の作業内容>
悪化するイバイの経済と生活状態
日(作業3日目)、午前九時、船に行くとクルーが一人もいない。事務所に行くと、ジョージが「前回のシマダたちは8時にピシャッと来たのに、あんた達は遅いから」とクルーのだらしなさをこちらのせいみたいに憎らしい事を言う。時頃クルーが現れた。
午後3時、電池をつなぎ、エンジンを始動。最初、海水系の冷却水が回らず、排気管から黒い煙が出たがその後快調に。4時、作業終了。
次回のメンテで船を陸上に揚げる必要があり、コンクリートのスロープがあるモービル給油所を下見に行く。しかし、斜面はめちゃめちゃに壊れ、使い物にならない。エベルは「次回は船をマジュロに持って行く」と言う。イバイは機械施設なども全く当てに出来なくなっていた。
電話も島内だけしか掛けられず、マジュロに連絡する時は、メジャトに無線をし、メジャトからマジュロに無線を入れ、ようやくイバイに電話が入るという具合で、マジュロの村役場との連絡に半日を費やす有り様だ。
また、島の火力発電所の附帯設備である海水転換装置も金がないためパーツの補充も出来ず、島中が水なしの毎日。米軍基地に働きに行く人たちが運ぶわずかな飲料水だけが頼みの綱。
レストランでネルソンと一緒に夕食。「昨年のイバイでの自殺者は男女名で、いずれも〜歳の子どもだつた」。一見明るい表情の子どもたちが未来に希望を持てないのがよく分かる。
<この日の作業内容>
(水中作業はエベルとジョナサンがやり、堀田がチェックした)
電池を新品に交換、「すべて良好」でテスト航海を終える
日(作業4日目)、午前9時、スタート前の点検で電池が不良なので2個とも新品に交換することにする。エベルとネルソンは「マジュロのマタヨシ村長と話す」と言ってメジャトへ連絡するが返答が届かない。2個のバッテリーを店で買い、400ドルを371ドルにまけさせ、清水が支払う。
午後1時、新しい電池を接続し、エンジンをかける。イバイの対岸にあるエネオジ島まで約1時間テスト走航する。エンジン音は素人の私の耳にも快調であった。
余談だが、エネオジ島の岸に米軍の上陸用舟艇が赤錆を曝して座礁していた。その南に旧日本軍の桟橋、沖合にはビキニの核実験で標的艦になり、ここに沈められたドイツの戦艦プリンツオイゲンがスクリューを天に向けてひっくり返っていた。沈んで年にもなるのに、スクリューはピカピカと光っていた。テスト航海に来た事をしばし忘れ、日、米、独の第二次世界大戦の遺物に見入った。
「すべて良好」の堀田の明るい声で今回の作業は全て終了した。
6時、ネルソンが主催するお別れの夕食会に行く。会場はネルソンの末娘アントニアとチーベ夫妻宅。チーベは米軍基地で働く。
ご馳走は、ハムと牛肉のステーキ、ミヤコテングハギの焼物。レストランの同じメニューに飽き、焼魚を食べたいという私たちのために用意してくれた。魚はカワハギの一種で、固い皮をはぐのに苦労している彬君にアントニアが手を貸していた。
出席者は、ネルソンと娘夫婦に子どもが5、6人。エベルとジョナサンらクルーが4名。遅くなって、被曝者のネルジェら2、3人の婦人が参加。髪かざり、ネックレス、ブレスレット、ミニ団扇、籠など手製のお土産を貰う。ネルソンの心づくしに感謝する。
8時、ホテルに戻り、メジャト小学校に届ける英語の本、彬君のプレゼントのサッカーボール3個、キリバス友の会からの衣類と靴を荷造りする。メジャト島のエモスへの手紙も箱に貼り付けた。
蛇口から出るのは海水だけのシャワーと洗濯の5日間は終わった。誰一人体調を崩さず、怪我もなかった。
<注意事項として>
リィマンマン、一緒に元気で行こうね
日午前時、一同リィ号に乗り、見送りにきたジョン、ネルソンらとクワジェリンに向かう。船の甲板には、5日間の整備中クワジェリンから水を運べなかったので、所狭しと水タンクが積み込まれた。リィ号はあちこち塗装がはげ、日除けテントも穴だらけになり老船の姿。しかし、エンジンは軽快な音をしている。年2回のメンテと現地クルーの努力で何とか維持されているのを感じる。
船は「老後、こんなに遠い南の海で働くとは思っても見なかったよ」と言っているような気がした。
午後2時分、クワジェリン離陸しポナペ島に向かう。ホテルに着き早速真水の温水シャワーをする。およそ1週間ぶりで全員生き返る思いだった。
日午前時、成田着。税関を出る所に堀田の名前を書いた紙を持ったコンチネンタル航空の2人の女性が待っていた。島田の指示でグアムで積み残された工具は成田に戻されていた。暑いイバイ島で工具がなくて苦労した記憶は鮮明で、事務的に工具を手渡そうとする係員に「簡単に受け取ってたまるか」という気持ちになった。島田が出迎えに来ていて、工具の運搬の件では、「現在、コンチネンタル航空と工具類を確実に届けるために特別扱いの方法を交渉中」との報告を聞き、一同は成田で解散した。
整備作業報告(機関)
堀田俊一
●燃料噴射弁(F・O・V)
噴射・燃焼状態の点検後、不良の気筒を交換する予定であったが、 すでに全気筒交換してあった(エベル氏が一月頃交換した)。
F・Oエレメントの交換。エレメントの汚れ多し(燃料タンク内 に不純物が蓄積していると思われる)。
交換した燃料噴射弁はメジャト島にある。回収して整備し、予備 品として船内に保管し、燃焼不良が起きた場合に交換する(エベ ル氏の判断で)ことが望ましい。
●ターボチャージャー(過給器)
吸気側解放点検掃除。回転が少し重く感じられる。洗浄して回 転をスムースにした。
吸気口ストレーナー・フイルター洗浄。復旧。回転良好。
排気側解放・手入れは工具不足のため次回。
●冷却水落とし内部洗浄。
熱交換器・アフタークーラー復旧後張水(MCRスーパー)投入。●熱交換器
両面カバー解放掃除。
側面の掃除及び「チューブ突き」チューブの内部不純物を排除す る。復旧。
●アフタークーラー(空気冷却器)
冷却水入口面サイドカバー解放、掃除。
チューブ突き復旧。
両面の清掃が必要だが、工具不足のため次回。
●潤滑油
オイルパンのオイル交換(約リッター)
エレメント交換。
●マリンギャー(減速器)
ストレーナー掃除。
●海水ポンプ
ポンプ全体解放点検。
メカニカルシール・インペラ交換、復旧。
次回にはシャフト・ベアリング及びインペラーケーシグを交換する事が望ましい。要工具。
●ベルト
油圧ポンプベルトは交換してあった。エベル氏によると、1月頃(油圧ポンプ用ベルト)のみ交換したとの事であった。オルタネ ーターのベルトは1本欠落し、1本のみで運転していた(後述のバッテリートラブル原因の一因でもある)。同じ要領でオルタネーターのベルトを交換するよう指示したら、エベル、ジョナサン氏2人で素早く2本とも交換した(その方法は「AC100V発電機」用シャフトをカップリングから電磁クラッチまでの2個のブロックを取り外しシャフトを浮かしその隙間からベルトを挿入した。あまり良い方法とは言えないが、「AC100V発電機」を使用しないことが前提ならベストであろう)。今後「AC100V発電機」を使用する場合は「シャフトの真出し」を要する。
●ラダーシャフト(舵軸)
パッキン2本抜きだし3本増し入れた。
●スタンチューブ(プロペラシャフト)良好。
●キングストンバルブ(海水吸入弁)
吸入弁と吸入口は上架(陸に揚げる)の際「分解手入れ」を要する。
●ジンク(防蝕亜鉛)
エンジン側は全部交換した(交換する必要もない部分もあったが、次回の事を考えて全部交換した)。
プロペラシャフトのジンクの取り付けは、現地のスタッフが潜水して素早く確実に行なった。
●プロペラ=以前の破損状態のまま(現状維持)
●シリンダーヘッド=カバーをバルブタイミング点検・調整。
●エキゾーストマニホールド(排気集合管)
海水漏れがあり、掃除してペインティング。次回パッキングの交換の要あり。
●冷却水温度センサー=取り替えは工具不足のため中止。
●バッテリー
2個(V×2)のうち一個が交換してあり別種のためバランス上思わしくない状態で運転されていた(他から借用して使用した模様)。使用不可なバッテリを点検すると、電解液比重が著しく低下、液面も最下位を下回っていた。「バッテリーあがり」の状態だった。このバッテリートラブルの原因にオルタネータのベルト1本の欠落と張りのゆるみによる充電不足もその一因である。
▽電解液比重1000以下で電解液不足。
▽電解液比重1220(バッテリー容量の2分の一)以下にさせない事が必要。
▽液面低水位(ローレベル)以下にしてはいけない。バッテリー の保守・整備が全然行なわれていない状態を中島氏と共に認識した(現地では、電解液・蒸留水は入手不可能である)。
充電を依頼して一応元の状態に復旧しエンジンを始動した。1回のスタートは出来たが、放電が早く今後の使用不可能。
電解液比重低下、また液面低下の状態のまま使用したための「バッテリーあがり」である。バッテリーは一度あげてしまうと性能は著しく低下し、充電しても直ぐ放電するのが実情(詳しくは、中島氏の手記参照)。以上の理由で2個のバッテリーを新替えとした。
バッテリーの保守・整備に関しては、中島氏が比重計の使い方等を説明し、蒸留水にてレベルを保持するよう指示がなされ た(現場では飲料水を使用している)。常に蒸留水をバッテリーの横に配置してバッテリーの保守に心がけるよう望まれる。
●整備終了後「試運転」良好であった。
整備作業報告(電装)
中島 博
電気関係のメンテについて報告します。今回は電装機器に故障が多かったのが残念でした。発生日時等の詳しい状況はネルソンさんの通訳でもはっきりせず、推測日時に留めました。特にバッテリーの交換が止むなきに至ったのですが、現地に於けるバックアップの考え方の相違(陸上でのバッテリーの充電、補充液の品質)によるもので、正しく扱えばまだまだ使えたでしょう。
また、オルタネーター(交流発電機)のベルトが2本必要なのに、1本しか掛けられておらず、たるみもありました(注=ベルトは交換部品として昨年2本を送ってあった)。無線機の故障もついに出てしまいました。
これからはヒューマン・トラブル、つまり派遣される人間の問題も生じてくるでしょう。エンジンと電気(堀田さんと私が一つのグループとして)にもう一つのグループの確保も必要になるでしょう。
(1)バッテリーの充放電
バッテリーが能力を失うには、次の@〜Cが考えられます。
@オルタネーターの故障、ベルトのたるみによる充電不良
リィ号クルーの話では、2月に油圧ベルトを交換した際、オルターネーターのベルトも交換したとの事でしたが、本来2本掛けが必要なのですが1本のみ使用し、しかもかなりたるみがありました。バッテリーが不良になったのが3月初め頃であり、これらを考え合わせますと、ベルトのたるみによるオルタネーターの回転不足による充電電圧の減少が生じ、バッテリーが充電されなかったのではないかと考えられます。
ベルトを2本に交換の後、オルタネーターの出力電圧・5Vを確認してあります。また、オルタネーターについては、そろそろ分解修理する時期に来ていると考えられます。
現地での分解手入れは可能ですが、様々な状況を考えますと、予備のオルタネーターを(コマツ純正・ニッコウデンキVA、中古で可)を持って行き、現地で交換したほうが良いと思います。
また、エンジンスターターについても注意が必要です。万一の時を考え、予備品を現地に置いておくことが重要でしょう。現地クルーが交換出来る事がベストでしょう。
Aリーク電流、バッテリー液の減少
Bバッテリー等端子のボルトのゆるみ
ABについては、現地クルーたちの日々の点検、気配りに期待するしかありません。
C充電能力を越えた負荷の使用
エンジン停止中はなるべく使わないようにして、バッテリーの消耗を防ぐようにするしかないでしょう。
(2)充電について
何もかものんびりしているマーシャルですが、充電に関しては急速充電しかないようでした。急速充電がなぜ良くないか説明します。 バッテリーは起電力の他に容量が決められています。例えば時間率、あるいは時間率で決められています。例えば、時間率で100Ahのバッテリーとは100Ah/20h=5Aとなり、5Aで時間放電し続けると完全放電状態になるということです。ゆえに、放電電力を大きくすると、完全放電状態になるまでの時間が短くなります。これは大電流で放電すると、バッテリー極板で行なわれる化学反応が電解液の拡散速度より早くなり、反応に必要な硫酸の供給が遅れるからです。
これを充電の場合に置き換えると大電流で充電(急速充電)した場合、やはり、極板での化学反応が先行し、極板をいため、これがバッテリーの寿命を短くします。
バッテリーの寿命を長くし性能を十分出すためには、定められた時間率100Ah・hであれば5Aで時間の充電が必要という事です。が、実際は状況等により、いくらか相違があるでしょう。 バッテリー補充用の蒸留水の質や充電に関しての基礎的知識の欠如は現地クルーの問題だけでなく、マーシャル全体の技術的な問題であるような気がしました。
(3)ソーラーパネルについて
ソーラーはいまもその補助発電機能を充分に保っています(しかし放電し切った150Ah×2個のバッテリーを元に戻すのは不可能のようです)。
知っている方も多いでしょうが、イバイはわりと雲の出ている時間が多いようです。当然、この時は電圧が下がります。また、太陽の出ている時の日射は強く、パネルの表面温度はかなり高くなり、この時も電圧が下がります。
今回のバッテリーの問題に関して言えば、ソーラーパネルからの電力では充電しきれないないという事です。ソーラーからの電力はあくまで補助(自然放電分)充電に過ぎないのだと認識していてほしいものです。
(4)無線機について
2月にロンゲラップ島へ航海中に送信不良になった(リィ号クルーの話)。本機と外部整合器との配線状況及び断線等の有無を調べるも異状なし。本機電源異状なし。設定された周波数での受信良好。マイクでの送信、出力メーター振れず。調整スイッチによる送信も出力メーター振れず。マニュアルにより点検するも、送信状態にならない。私のレベルでは本体の分解・点検は不可能であり、送信回路に異状ありと判断しました。
なお、アンテナ整合器については故障はないと思いましたが、塩害等も考慮して日本で点検するため、持ち帰る事にしました。
私には送信系統の故障としか判断出来ませんでしたが、無線機の設置されている場所が良くありません。リィ号に於ては最上の場所ですが、舶用に設計・製造されたものでない本機には、激しい振動、高温、湿気は避けなければなりません。無線機の故障後、現在リィ号にはイバイーメジャト間をかろうじて交信可能な小型のCB無線機が付けられています。
メンテツアーに参加して
上西 彬
ぼくは今回リィマンマン号のメンテツアーに参加しました。
クワジェリンまでは遠くて、到着するまでかなり疲れました。クワジェリンに着いた後、すぐにネルソンさんと会いました。ネルソンさんは何かノンビリしているいい人だと思いました。
その後はネルソンさんのおかげで早く基地から出る事ができました。リィマンマン号が迎えに来ていて、約分の航行でイバイ島に着きました。イバイ島は、何かと固形物のゴミばかりで、日本のジメジメした汚さと違うものが感じられました。
作業の1日目、ぼくは、堀田さんが出してくるネジをみがいてサビをとる作業と中島さんと堀田さんの作業を8ミリビデオで撮影していました。映像はまあまあ良くとれていたほうだと思いました。その日は、工具がとどいていなかったので、午前中はあまり作業ができませんでしたが、船長のエベルさんが持ってきてくれたため、午後にはまともに作業ができました。だけど、必ず着くと言っておいて着かないのは完全な契約違反です。しかも、船は日本製で、工具の単位がインチのためかなり困りました。やはり無責任な事は困ります。
2日目、この日は船員の人たちがもぐって、スクリューの近くにパーツをつけていました。それは、堀田さんが感心するぐらい良くできていました。マーシャルの人たちも、何となくこちらの言っていることがわかっているのだなあと感じました。
最終日の4日目、いよいよ船が動くと思っていましたが、エンジンをかけようとしたら、まったく動きませんでした。そのためもう一度バッテリーを調べて見ると、残量なしという状態でした。そのため、バッテリーを買うかなど、いろいろもめていました。しかも、予算を管理する人(注=マジュロの村長)と連絡がとれず、かなりの時間をかけてしまいました。
結局、こちらの負担でバッテリーを買いました。新しいバッテリーによって船はエンジンがかかるようになりました。テスト走航ではちゃんとした動きで動いていました。
その日の夜、ぼくたちは、ネルソンさんの家に行って食事をごちそうになりました。魚を食べるのに、途中まではナイフを使っていましたが、ネルソンさんから、「マーシャルは、本来は手で食べる」といわれましたので挑戦してみましたが、かなり難しくて、とても苦戦しました。
ネルソンさんの家族とは、ぼくははずかしくてあまり話せませんでした。こんどメンテに行く時はちゃんと話したいです。
今回はメンテナンスに時間がかかり、メジャト島に行って自分で土産のサッカーボールを渡せなかったので、とても残念でした。
今度のメンテナンスの時こそメジャト島に行って、サッカーボールをあげたことで子供たちが喜んでいるか調べて、それとともに島の人とも交流したいです。
今回の作業はかなり疲れましたが、人のために体を動かし活動するボランティアは、素晴らしいことだと思いました。次のメンテナンスにも参加したいです。
(千葉県白井町立七次台中学二年)
ロンゲラップ島で再建工事の
「正式」起工式〜多数の島民と米政府代表が参加し盛大に
昨年7月から始まったロンゲラップ島の再建工事は主要道路、滑走路、発電所、海水転換施設、作業員宿舎、工事事務所が完成し、3月日、メジャト島など各島に住む島民200人とアメリカ政府内務省の代表、マーシャル政府カブア大統領などが出席してロンゲラップ島で盛大な記念セレモニーが行なわれた。マーシャルとアメリカの両国旗がひるがえる下で、音楽やダンスが披露され、パーティは終日笑い声に包まれた。しかし、式典に招かれた被曝の恐ろしさを知る老人世代には苦い一日であったようである。
マーシャル諸島の首都マジュロで発行されている週刊紙「マーシャル・アイランズ・ジャーナル」3月日号によると、アメリカ政府を代表して式典に参加した内務省のアル・ステイマン氏は「ロンゲラップ島民とアメリカ政府の親密な協力関係は放射能汚染除去と再移住計画を前進させるだろう」と述べ、ロンゲラップ島での工事の進展について、「非常に満足している」と語った。また、島民の帰島については「我々の立場では、それは個人の決断にゆだねられ、何人もどこに暮らすかを強制する権利はない」としつつ、「村全体で帰島するか決断しなければならない」とも述べた。
年前にビキニ水爆実験で被曝し、後遺症に苦しんできたメナドリック・ケベンリさん(歳)は、この美しいさんご礁の島で行なわれた式典に招かれた老人の一人だ。
「私たちも故郷のこの島に帰りたい。しかし、放射能のために年前には島を捨てざるを得なかったのです」と華やかなイベントの最中にも老人たちは悲しみに体をふるわせていたようだったと、ジャーナル紙は伝えている。
●編集後記●
◎第3回メンテナンスが終わり、報告会が4月日、東京・水道橋の全水道会館で開かれました。メンテナンスツアーのメンバーのうち、中島さんは仕事の都合で参加できませんでしたが、他の4名の方から報告を受けました。内容は、今号のメンテ日誌、整備作業報告をご覧下さい。報告会では、堀田さんが「交換するパーツは今後増えるだろう」という予測を述べられました。船の老朽化に対応し、安全を確保するためには部品交換は欠かせません。費用もそれだけ増えるので、これまで同様、皆様方のカンパをお願いします。
◎今号には2種類のチラシを入れました。一つは小島昌世さんの待望の本「ヒロシマは世界を結ぶー核兵器廃絶に挑む」(ポプラ社・1400円)の案内。ブンブン・プロジェクトの紹介も載っています。読んでみて下さい。
◎もう一つは、『血液疾患闘病支援基金』設立の嘆願書です。ブンブン・プロジェクト呼びかけ人の松永志奏子さんは、骨髄移植推進財団(東京)の「患者さん電話相談口」で患者さんとご家族の相談に当たっています。骨髄移植を必要とされる人の経済的負担は想像以上のようです。「作る会」と血液疾患治療情報を提供している「日本つばさ協会」が呼びかけた基金設立の嘆願書の署名にぜひご協力下さい(提出先は厚生省)。
◎インターネットにブンブン・プロジェクトの電子掲示板(BBS)を作りました。
http://www60.tcup.com/6006/bumbum.html
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