多競争時代の中の大学と受験産業(その4)

大学が求める学生像と大学入試

 

実質倍率1.0倍の恐怖

 今年の入試結果を見ていると、当然のことではあるが倍率が下がっているケースが多い。そのなかでいよいよ、実質倍率(受験者数÷合格者数)が1.0倍以下の学部。学科や入試方式が目立つようになってきた。1.0倍とは受験者全員が合格したことを意味し、1.0倍未満は他の学科を第一志望とした受験生を欠員となった第二志望以下の学科に回して合格させたということを示している。

 たとえば、関西大学・工学部の材料工学科S方式は受験者143人に対して合格者171人なので実質倍率は0.8倍である。近畿大学・工学部経営工学科の前期日程では受験者119人、合格者143人なので実質倍率はやはり0.8倍、国立大学の九州工業大学・情報工学部機械工学科(前期日程)では受験者34人、合格者50人なので実質倍率は0.7倍である。実質倍率が1.0倍以下になるというのは大学にとっては一大事である。選抜の意味をなさないからだ。関西大学・工学部ではA方式、S方式、後期日程B方式など複数の入試方式があり、材料工学科全体としては受験者555人、合格者450人の実質倍率1.2倍となっており、入学者も118人を確保している。複線入試と他学科からの補給で息をついている状態で、機械工学科の実質倍率が3.0倍など他学科に余裕があるからいいようなものの決して楽観的判断は許されない。これは人気が高いとされる国立大学でも同じことで、九州工業大学の情報工学部では前期・後期試験で定員を確保できなかったため欠員補充のための二次募集を行い、32人の合格者を出し、23人の入学者を確保している。

 受験人口減少の影響は四年制大学よりも短大に早くから現れている。関東・甲信越地区の短大(医療・看護系を除く)の今年の実質倍率を学科・方式別にみると、32%が1.0倍。地方の短大になると更にその割合は高くなり、北海道・東北地区では40%に達している。このうち3件が0.9倍など1.0倍未満だが、あとはすべて1.0倍で、1.0倍未満だけみるとむしろ四年制大学の方が多い。これは、短大では第二志望学科に回すほど余裕のある学科が少ないこと、が原因だろう。すなわち、受験者全員をそのまま合格させないと定員の確保が難しいということで、なかには合格者の段階ですでに募集人員を下回っているところもみられる。ある意味では1.0倍未満よりも1.0倍のところの方が厳しく、危機的状況を迎えているのである。

 

大学が求める学生像

 

 大学は志願者確保・入学者確保のために涙ぐましい努力をしているが、では大学はどのような学生を求めようとし、それを入試でどのように反映しようとしているのだろうか。

 文部省の中央教育審議会の「審議のまとめ」(昨年五月)では「一人ひとりの能力・適性に応じた教育の必要性」を強調し、「社会の変化に柔軟に対応できる個性的な人材や創造的な人材の育成」が不可欠としている。特に、経済や科学技術などの面では、「追いつけ・追い越せ」式の時代が終わり、これからは国際的なリーダーとしての独創性や指導力などで国際社会に貢献する必要性も指摘されている。

 「平成11年度大学入学者選抜実施要項」には、「大学入学者の選抜は、大学教育を受けるにふさわしい能力・適性等を多面的に判定し、公正かつ妥当な方法で実施するとともに、入学者の選抜のために高等学校の教育を乱すことのないよう配慮するものとする」とあり、「学力検査や小論文、面接、実技検査等の実施に当たっては、できる限り入学志願者の負担を軽減する観点から瑣末な知識の暗記や受験技術の習得を強いることなく、入学志願者の自ら学ぶ意欲や思考力、判断力、表現力等を適切に判断できるよう努めるなど特色ある選抜を実施するようにし、併せて入学志願者個々の個性、適性を生かした進学を助長するよう配慮することが望ましい」と指摘している。

 すなわち、文部省の建前からいうと、過度の受験競争から子どもたちを守るために学力偏重にならない入試をやるべきで、知識よりも思考力や判断力、表現力、個性、適性、創造性などをみるようにするのが入試のあるべき姿ということになる。そのために各大学に「選抜方法の多様化と評価尺度の多元化」を求めている。

 

慶應大学SFCのAO入試

 

 入試改革の一つとして中教審が推奨しているのがAO(アドミッション・オフィス)入試。AO入試でもっとも有名なのが慶應義塾大学・SFC(湘南藤沢キャンパス/総合政策学部・環境情報学部)なのでその内容を紹介しよう。

 AO入試は、各大学の入試専門部局(AO)が選抜を実施するもので、専門の職員が受験生の高校の成績や活動記録、小論文、面接などによって合否を判断する。

慶應大学SFCでは、教員と職員が協力して選抜に当たっており、受験資格は「SFCの学習環境を積極的に活用し、志望理由としてあげた自己の目標や構想を実現するに十分な意欲と能力を有する者」。調査書や志望理由書、推薦書などをもとに書類審査をし、一人30分の面接で合否を決める。面接では「大学で何を学びたいか」を徹底的に問い、受験生が意欲や将来のビジョンをもっているかどうかを確かめる。四月入学と九月入学があり、六月、十月、十二月の年3回実施される。大学側は「担当者数人の主観を寄せ集め、様々な角度から志願者の全体像を作り上げる作業だけに膨大な手間暇がかかる。大学側に教育理念がないとできない」と言う。

 

力がないと真似ができないICUの入試

 

 学力偏重でない入試方法を開学以来続けているのは国際基督教大学(ICU)だ。入試で課されるのは「一般学習能力考査」「学習能力考査(人文科学学習能力考査と社会科学学習能力考査または自然科学学習能力考査)」「英語読解力及び聴解力考査」で、一般学習能力考査は「直感的な判断力、正確な思考を素早く行う能力を測る」、学習能力考査は「約10頁の長さの論文形式の資料を読み、あらゆる角度から検討し、最も妥当な仮説を選び出す力を測る」としている。大学のパンフレットにある「対策」をみると、一般学習能力考査は「物事を鵜呑みにせずに、絶えずなぜだろうと問いなおし、また別の考え方はないだろうかと頭を柔軟に働かせてみるように心がけるとよい」、学習能力考査は「基礎的な読書態度を身につけておくことが大切」とアドバイスしている。

 ICU入試のユニークさの程度を実感するために実際の入試問題を少しみてみよう。

 ICUは「(入試において)高度で難解な受験テクニックは必要ない」と断言している。これは中教審の審議のまとめや入学者選抜要項のねらいとぴったりと一致する表現だ。しかもICUは
1953年の開学以来このような入試をやってきた。それなのに同じような入試が他の大学に広がらないのはどうしてなのだろうか。

 公募制の推薦入試が学力試験中心になり過熱化を押さえようとした文部省は数年前から「推薦入学の選抜方法については、学力試験を免除し、調査書や面接、小論文を活用するなど、工夫改善に努めること」と各大学に指導しているが、転換初年度にそれならICUのような問題が一番適しているという話になったことがある。そのときある大学関係者が「作ろうと思ってもとても作れる能力がない」とため息をついた。現状の一般入試問題でも精一杯だという多くの大学にとって、これが本音なのであろう。


 

●国際基督教大学の入試問題の例(1993年度)

 

<一般学習能力考査=70分で100問)>

 

・もしも,「ミニスカートをはく女性はすべてチャーミングである」ことが正しく,「エリカはチャーミングで大胆である」ことがなりたつとすれば,次のどれが論理的に正しいか。

a.エリカはミニスカートをはいている。

b.大胆な女性はチャーミングである。

c.ミニスカートをはく女性は大胆である。

d.上のいずれでもない。 (正解:d)

 

・兄:弟:父:{a.伯父 b.母 c.叔父  d.妹}

 (後の2つが前の2つと同じような関係になるような組み合わせを選ぶ/正解c)

 

<人文科学学習能力考査=70分で31問/選択肢は略>

 

・翻訳についての論述に続いて

 

1.本文中で原作以上の優れた翻訳の例として挙げられていた作品の作者は誰か。

2.日本の歴史・文化に仏教が与えている影響で注目すべきことと考えられる事柄を述べたもののうち、もっとも適当なものはどれか。

3.学問と翻訳の歴史に関係して述べられているもので正しいのはどれか。

4.上田敏の翻訳作品として有名なものはどれか。

5.次のうちで必ずしも優れた翻訳者といえないのは誰か。

6.資料で翻訳に伴うさまざまな難しさが指摘されていた。そこから言えることは次のどれか。

(中略)

14.以下の(イ)(ロ)は『マルテの手記』の全く同じ原文からの訳である。この二つの訳を比べて言えることとして、最も適切なのはどれか。

15.言語間で意味が一致しないことについての記述のうち正しいものは次のどれか。

(中略)

25.芭蕉の門人の去来が「岩鼻やここにもひとり月の客」という句を案じ出して、最後の「客」を「猿」としたものかどうかを師の芭蕉に相談した。すると芭蕉は逆に「汝、この句をいかに思ひて作せるや」と去来に聞く。去来が「明月に乗じ山野吟歩し侍るに、岩頭また一人の騒客(注、風流人)を見つけた」情景だと答えたところ、芭蕉は「ここにもひとり月の客と、己と名乗り出づらんこそ、幾ばくかの風流ならん。ただ自称の句となすべし」と諭したという。本文の中でこの逸話と照応する部分として最も適当なのはどれか。

26.次の発言に対して、下の中から正しいと推論できないものは次のどれか。

(中略)

30.トーマス・マンは翻訳に対して寛容であって、「翻訳がまずくても、よい本に内在する力を破壊することはできません。例えばトルストイは驚くほどの美しいロシア語を書いたと言われますが、翻訳ではそれはちっとも分かりません。それでも彼の多くの本は到達し難い傑作なのです。」と語っている。この発言の意味として最も適切なものは以下のうちどれであるか。

31.資料では結論は明瞭な形で述べられていない。その論旨によって考えると、結論とするのに最もふさわしいのはどれか。


人物重視に変わる医学部入試

 これまでの入試改革は、どちらかというと量の拡大または減少幅を最小限に食い止めることに主眼があった。しかし、これからの入試改革は質の問題、すなわち求める学生像の明確化がなければ量の確保も難しくなるだろう。この点で早くから危機感を抱いて動いてきたのが医学部である。

 その背景は何か。取材をしてみると、「皮膚病が汚いからと病人にさわりたがらない」「患者と話をしないでいきなり注射をした」「どういう薬を何のために使っているのか考えようとしない」−−という種類の声を医学関係者から多く聞いた。いずれも医師や医学生にまつわる話である。要するに今、医師の質が問題になっているのだ。しかも、オーム真理教事件やエイズ問題、医療事故などで医師の倫理が大きく揺らいだ。さらに、医療技術の進歩はめまぐるしく、必要な知識量は膨大になっているのでそれに対応できる医学教育を確立しなければならない。そこで、高校の進学指導と大学入試がやり玉に挙がった。「21世紀医学・医療懇談会第一次報告」でも「大学・学部の選択において、いわゆる『受験学力』の偏差値が一つの判断基準になっており、結果として医学部を中心に『受験学力』が高い者が進学する傾向がみられる」「単に『受験学力』を高めるためだけの学習が、果たして良き医療人になるための基盤になるのであろうか」と指摘している。

 とにもかくにも医学部で入試改革への意識が高まり、学力偏重にならない入試がいくつかの大学で導入された。その一つが宮崎医科大学の多様化入試である。その内容は、前期日程試験では「理系選抜(センター試験の数学・理科の合計得点順)」「文系選抜(センター試験の国語・地歴公民・外国語の合計得点順)」「小論文選抜(小論文の得点順)」「調査書選抜(高校の調査書及び大学独自の指定調書の評価順)」の四種類の方法で評価、後期日程試験ではセンター試験の5教科7科目の得点と面接・小論文・高校の調査書・大学独自の調書で合否を決めるというもの。

 改革の目玉である大学独自の調書には、高校での部活、地域活動、大会や競技会・展覧会などでの成績、生徒会活動、資格や免許などについて記述することになっている。選抜方法別の追跡調査によると、調査書グループは入学直後の成績は下位に集中しているが入学後は急激な伸びが見られる。卒業率もこのグループがもっとも高い。逆に、入学時にはもっとも総合的な成績が高い後期日程グループは入学後、成績が下がるケースが多く、卒業率も低かった。これらの結果から宮崎医科大学では、センター試験の成績はある一定以上あれば十分で、センター試験に現れる学力成績と入学後の成績の伸びには相関がない、と判断している。また、「高校時代に受験勉強のみに集中していた学生よりも課外活動を一生懸命にやり、なおかつ勉強もしていた学生は入学後に伸びる可能性が高い」とも分析している。受験学力だけでない評価方法をさらに推進する構えだが、これは医学部受験という学力上位層の中での比較だということも一応、留意しておく必要がある。

 そのほか、愛媛大学医学部では「文系学力の重視」というポリシーを持っており、後期日程試験の二次試験で小論文を実施している。また、面接を前期・後期とも導入しており、医師研修時の評価と入試のときの面接の評価の相関を調べたところ、面接の評価が高い人の方が医師としての評価も高いことがわかったという。山梨医科大学では推薦選抜を実施しており、「クラブ活動、生徒会活動、ボランティア活動などに積極的に参加した者が望ましい」としている。選抜方法としては面接が重視されている。東京大学理科V類では来年度入試から面接を導入する。京都大学医学部では昨年度入試から後期日程試験に小論文を導入した。多くの医学部が入試改革と教育改革に真剣に取り組んでいる。

 

硬直した入試が大学倒産の引き金に

 

 とは言っても、大学全体からみればまだまだ教科の学力による選抜が幅を利かせていることも確かだ。しかし、それがいつまで続くだろうか。前回までに述べたように、試験による選抜ができるのは上位大学に絞られるだろう。冒頭に述べたように、短大ではすでに競争がなくなっている。そのような時代に、同じような問題で入試をやっていたのでは、入試が大学倒産への引き金になりかねない。

 山梨学院大学は来年度入試から辞書や参考書の持ち込み可とした。大学では「暗記力よりも思考力を問い、自ら学ぶことができる学生を獲得するのが狙い」と説明しているが、辞書持ち込み可がそれほどのものであるかどうかはさておき、文部省の意向に沿い、思考力や判断力、個性、人間性などを重視した入試改革は多くなるだろう。危機感が強い下位大学の中には、偏差値ランキングに入りきらない思い切った入試改革を断行するところが出てくるかもしれない。模試業者の中ではICUに偏差値を付けず、合格可能性の判定をやらないところがある。判定を出す業者では関係者自身でさえその結果を信用してはいない。受験生はICUを受けたいから受けるだけだ。たとえ下位の大学でも求める学生像を明確化し、それに合った入試改革を実行すれば十分に生き残ることはできるだろう。

 逆に、中堅の硬直化した総合大学の中で、一部の学部・学科から定員割れが始まり、手が打てなかった結果、大学全体にその亀裂が回るということもあり得るだろう。一般の業界で言うところの他社見合い、大学では同ランク・同規模の他大学の動向を見ているだけという大学の倒産が起きても不思議ではない。何も、大学が倒産する順序はランキング下位の大学からというわけではないのだから。

 

 
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