<環境レポート>
「環境対策への関心はかなり高く、実施校増加の予兆が感じられる」

      〜「学校における環境対策アンケート」実施結果から

 

 森上教育研究所と教育環境研究所は、1998年10月5日から10月30日にかけて首都圏の私立中・高等学校270校を対象に「学校における環境対策アンケート」を実施した。FAXでアンケート用紙を送り、記入後FAXで送り返してもらう方法をとった。10月末までに回答があった83校について集計した結果は、別項でまとめたとおりである(略)。

 今回の調査でまず驚かされたことは、予告しておいたわけでもなく、また、詳細な項目であったにも拘わらず、アンケート用紙を送った翌日から回答が寄せられ、予測よりかなり早い時期に多くの回答が集まったことであった。なお、集計後も検討を重ねた結果の回答が寄せられており、環境対策に対する関心の高さを実感させられた。

 

環境対策への体制と取り組み

 

 集計結果をみると、まず校務分掌の項目では、環境問題の担当者がいると答えた学校は回答校の35%、環境対策の方針・目標が決められているところが29%、組織を設置しているところが16%だった。環境対策の組織としては、環境管理部や環境保全委員会、環境委員会などがある。

 他業種のデータがないので単純な比較はできないが、環境担当者を置き、対策を立てることが製品の販売に直結する製造業と比べると低い数値であろう。サービス業では同程度かもしれない。いずれにしても行政・民間を問わず社会全体が環境対策を求められていることを考えると、今後早急に、環境対策を推進する体制づくりが必要だろう。

 具体的な環境対策のうち高率の項目をみると、ゴミの分別78%、焼却炉の使用禁止75%、裏紙の利用63%、敷地内緑化61%、照明の適正管理51%が半数以上で実施されている。焼却炉の使用は、ダイオキシンが問題にされてから全国的にできなくなっており、紙類が多い学校としてはゴミの量の増加に悩まされているようだ。従って、ゴミを出さない工夫やゴミの分別などの対策がますます重要になっている。

 

環境教育への取り組み

 

 環境教育については、一般的な対策よりも取り組みが遅れているようだ。研修のなかに環境問題・環境教育が取り上げられているところは13%、環境教育を討議する組織があるところは8%にすぎなかった。また、実際のカリキュラムの面では、正規の授業として30%の学校が環境教育を取り入れており、選択授業および各教科の中で積極的に取り入れている学校を加えると59%に達した。今後、環境教育がさらに広がることを感じさせる数値だ。

 具体的な取り組みをみると、中学校で実施されている環境教育の内容を、集計結果のページに表としてまとめたが、教科・科目の中で取り上げられる場合が多いようだ。中学では理科、社会が多く、高校では公民、地学、生物のなかのテーマとしてよく取り上げられている。

 特別な科目として設置している例もあり、アンケートには、

「中学3年生が『環境』という科目で多摩川の生態系を勉強している」
「小学部では、コンピュータおよび英語の時間にアメリカの学校と『ツリープロジェクト』という環境問題に関する授業を行っている。中学部では自由研究の時間に環境に関する分野の研究を行い、環境委員会を中心に環境問題や美化について話し合っている。高等部では自由研究の時間に地球上のさまざまな環境問題について文献や実験を通して研究している」
「環境教育部では、ゴミ問題、環境ホルモンなどに対する注意を喚起するためにパンフレットの配布やポスターの掲示、資料提供、教材作成などに着手した。また、キャンパス内の生物調査、土壌調査なども継続的に推進していきたい」
「高校1年生が『人間学』の授業で人間と社会について学んでいる」

などの記述があった。

 

全体を貫く「環境の目」

 

 そのほかの項目については、集計結果を見ていただきたい(略)。

 今回のアンケートに対する意見・感想として重要な指摘もなされた。「社会問題がひとつ取り上げられるたびにその対応が学校の教育現場に問われるのは大いに疑問。ボランティア活動、交通安全運動、消費者教育、同和教育、人権教育、性教育、平和教育、地震防災など事件のたびに学校の教育姿勢が問われることが山のようにある。学校外の原因のために本来学校がするべきことに対して影響されることに疑問を持つ」という内容のものである。確かに正論であろう。

 ただ、「環境」というテーマは独立したものではなく、環境対策とは建物を建てたり、設備を購入したり、エネルギーや水を使ったり、教材を作ったり、文具や紙を使ったりという日常の活動のなかで考え、選択する行動である。環境教育というのは、教育活動の中に地球環境や自然環境、生命・健康に対する視点を生かすことであろう。従って、環境対策・環境教育というのは、人間活動・教育活動に新たに大きな負荷を与えるものではなく、「環境の目」という視点を与えることなのではないだろうか。確かに教育現場には負担ではあろうが、逆に新たな視野や地平が開ける可能性も秘めていると、私は考えている。

 

ERIXホームページに戻る「かんきょう日記」へ